動機がないと人は動かない!純粋動機と損得動機とは

 

私たち人間は、「動機がないと行動しない」とも言われています。そもそも、動機がないと人は動かないのでしょうか。また、動機の種類には、純粋な動機・損得を考えた動機があるそうです。

 

それらの動機にはどんな違いがあるのか、人が行動しない理由は何なのか、調べてみました。

純粋動機と損得動機

動機には、純粋に「やってみたい」という自分の素直な気持ちから行動する純粋動機と、自分の欲や行動に対する対価を求める損得動機があります。

 

どちらも誰にでも経験のある動機ですよね。

純粋動機とは?

文字通り、純粋な気持ちから発生するものが純粋動機です。

 

たとえば、

  • 世界の人とコミュニケーションをとったり、日本に観光に来る人の手助けをしたいから英語を習い始めた
  • 自分のスキルアップのためにも語学を習って充実した毎日にしたい
  • 今自分がとても恵まれていることに感謝して、不要な洋服を貧しい国の人に寄付したい
  • 仕事を頑張って皆で力を合わせてこのプロジェクトを成功させたい

 

これらは意識がとても前向きで、真っすぐな気持ちが行動を起こしています。英語を話せるようになったり仕事を頑張ることは、自分のためです。

 

心が純粋でその気持ちに従って行動していくことで、成功を導いているのです。自分のエゴではなく、そこには純粋に行動できる真っすぐさが感じられます。

損得動機とは?

一方、人との駆け引きや自分の欲が先行していれば、それは損得動機です。

 

たとえば、

  • モテたいからスポーツをはじめた
  • 私もあの子みたいに人気者になりたいから化粧や服装に力を入れている
  • 何か対価を受け取りたいから優しくする
  • 出世したいから嫌いな上司にも話を合わせる

…など、聞いていて微笑ましいものもあれば、ちょっと気が引けるものもあります。

 

学生時代「この部活に入るとモテるから」とか「クラスの人気女子に負けたくないから、自分も
おしゃれしてる」なんて子がいたなぁ…なんて思い出してしまいました。

 

純粋動機と違って常に人の目を気にし、自分の欲がバーンと前面に出たような行動でしょう。

 

ただ、損得な動機ではあるけれど、取り組んでいるうちに張り合いが出てモチベーションが上がったりもします。そのおかげで継続して結果を出すという場合だってあります。

 

ですから見方によっては「それって実は純粋動機なのでは」と、受け取られることもあるでしょう。

 

二つの違いは?

この二つの違いは動機が「純粋」か「不純」か…ということです。純粋な気持ちで行動したことは、自分だけではなく他人から見ていてもとても気持ちの良いものです。

 

ナビゲーター「アザくん」
ナビゲーター「アザくん」

「あの人、いつも語学頑張ってるなぁ」
「優しい気持ちが感じられる」
「皆で協力することの大切さを感じているんだな」
と、誰もが応援したくなります。

 

でも、だからといって「不純」が悪いとも言えません。皆自分が一番可愛いですし、嫌われるより好かれたいですから。損得で行動する場合、ズルい気持ちが混ざっているのも自然なことです。

 

  • モテたい
  • 人気者になりたい
  • 出世したい

 

などの欲は、口に出さないだけで誰にでもある感情です。しかしそれらを声を大にしていうのは気が引けます。やはり皆どこかで「損得」を感じる行動だとわかっているからです。

 

動機はどうであれ、自分の思いを叶えて何とか掴み取ろう!と思って行動しているうちに、どんどん行動も気持ちも前向きになって、「レギュラー選手になれた」「みんなと仲良くなれた」「昇進した」などと結果が伴ってくることもあるんですよね。

 

ある意味、闘志を燃やして頑張れるのは動機が不純な場合かもしれませんね…。

目標がないとナゼ動けないのか

それにしても、なぜ目標がないと動けないのでしょう?これは、それぞれ置かれている状況や考え方も大きく影響します。

現在の自分に満足しているから

ナビゲーター「アザくん」
ナビゲーター「アザくん」

やらなきゃいけないことがあるとします。その「やらなきゃいけないこと」はとても些細なことで、やってもやらなくてもさほど大きく影響しない。だから「別にいいや」と行動すらやめてしまうといった経験ありませんか?

 

私はあります。やらなくても特に影響がないと思っていたし、特にしたいことではなかったからしなかった。だけど、後になってから「あの小さなことをやっておけばよかった」と悔やんでしまいました。

 

自分にとって目標でもなければ、やらなくても支障がない…そう思って行動しないという理由の裏には「現在の自分に満足しているから」という気持ちもあるでしょう。

 

しかし、本当はより高みを目指したいと思っているのかもしれません。現状を維持するということは気持ち的にラクで心地よい。コンフォートゾーンを抜け出すのは不安なんです。

 

だから、小さなきっかけも自分から手放してしまう。また、「わざわざ自分が苦労してまで現在の状況を変えなくてもいっか」と考えてしまう。現状を維持したいという気持ちは、時として行動を妨げます。

 

目標がない=情報がない

ナビゲーター「アザくん」
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やりたいことが特にないということは目標がないわけです。そうなると、自分にとって行動する意味もない。そして、行動するための情報もないのです。

 

何か目標を設定したとき、それについて詳しく調べます。本やネットでたくさんの情報を得たり、勉強したりと、自分の目標を叶える肉付けをしていきますよね。

 

でも、目標がないから行動することに意味も感じないし、そもそも「○○を叶えるためにはどうしたらいいか?」と考えることもありません。自分の頭で考えることを放棄している。

 

若い世代より40~50代以降の人でそのような傾向が見られるような気がしますが、この気持ちもまたよくわかります。

 

慎重すぎるのが仇となる

「石橋を叩いて渡る」慎重派と、「まずは気になったらやってみる」行動派の2タイプに分かれると思いますが、わたしは前者の慎重派タイプです。

 

振り返って見ると型にはまった人生を歩んでいるな~と自分でも思います^^;

 

ナビゲーター「アザくん」
ナビゲーター「アザくん」

ZOZOの前社長の前澤さん、色んな意味で突き抜けています。賛否両論あるようですが、わたしはここまで来ると妬みも嫉みもまったく湧きません。ただ、単純に生き方が凄い!と思ってしまう。

 

後者の行動派は、目標や動機がなくても「なんか面白いこと探してやってみよう」と気楽に行動に移すタイプ。色々と見たり聞いたりしているうちに、どんどん興味がわき、まずやってみようと行動に移す人でしょう。前澤さんはこちらですね。

 

一方前者は「目標がないけど失敗が怖いからしばらく何もしない」とか「怖い」など、心理的にちょっと臆病なタイプ。わたしです^^;

 

どっちが良くて悪いなんていうのもありませんが、でも慎重が度を過ぎると、目標を定めることや行動するきっかけも失うのも事実です。今の世の中は何事にもチャレンジできる柔軟さは必要です。「昭和脳」のまま生きるのはちょっとキツい。

 

まとめ

動機には純粋なものと不純なものがあることが分かりました。人は動機がないと行動できないとは言いますが、それは考え方を変えることで行動に移すこともできます。

 

人は動けないと、どんどんモチベーションが下がり、ネガティブな考えのループにはまります。ずっとその状態でいるということは、もったいない。人生楽しくありませんよね。

 

これを変えるためにも
・行動できなくても、考えることはやめない。
・もし目標や動機が決まったらすぐに行動に移し、小さなきっかけも見逃さない
・自分がしてきたことを振り返り、これからの目標に生かす。
得意なことや好きなこと、イヤなことなどを知るためにノートにメモするのも効果的です。

 

行動できないというもどかしい立ち位置から些細なことからでもいいので、何かを見出せるように意識を変えていくことも必要な気がします。